青山純氏、永眠する。

私にとって、青山純氏は大恩ある方です。

企業との共同開発の末、個人に特許権が戻り、個人として世に出す事になったハイリーズは、到底大企業との競争力を持てるだけの資本も無く、ただ一人の元プロドラマーの経験智から生じたアイディアのみで開発をしていた私の些細な公開動画を見て、すぐに駆け付けてくれた最初のプロドラマーが青山純氏でした。

彼は、MISIAさんのバックドラマーとして、ローランドの電子ドラムも演奏し、ソナードラムのモニターとしての公の顔を保ちつつも、純粋にハイリーズを試奏して、評価して下さった数少ない著名ドラマーでした。

私にとって、青山純氏こそは、《プロドラマー》という職を熟知した職人であると思っております。

彼のドラミングの素晴らしさは、一緒に演奏した人が一番良く解る事でしょう。

ドッシリとした安定したビート。

そして要所要所の曲の解釈の仕方。

音楽の底辺を固める己れの位置の理解度の高さ。

テクニックに長けたドラマーは、世の中に山ほど居りますが、音楽の中のドラムというパートを曲調に合わせて、叩き仕上げるというセンスは、手数ではありません。

ダイナミクスにしても而り。

彼のドラミングセンスは、彼が多くの楽曲に参加された実績を以て、証明されている事です。

万人が求めたニーズに応えた彼のドラミングには、言葉にする必要の無い存在感が満ちあふれておりました。

そんな彼が、ハイリーズの為に2度セッションをしてくれた後、彼の左手首が故障した事により、山下達郎氏と、MISIAのツアーを降板した事は、私にとって、酷く心苦しい事実でした。

彼は、Highleadsスティックの長さ、チップ形状、材質等にもアドバイスを下さいました。

彼のスティックは太くて、左右の形状が違うものでした。

私は、本当はステージでもハイリーズドラムを使ってもらいたかったのですが、彼は一貫としてソナードラムを使い、そして青山純モデルのスティックを使い続けておりました。

彼という人間性が、《青山純》という長年構築したものを崩す事はできなかったのだと思います。

左手首の負傷から回復して、第3回目のセッションをした時、私はこれが最後かも知れないと直感した事もあり、無理矢理乱入するようにお願いして、ツインドラムをお願いしました。

あれが最後の想い出となってしまった事が悔やまれます。

その後、ライブを見に伺って、《AOTOMO》でライブをしましょう!と、冗談半分でお誘いしたのですが、それがお会いする最後になってしまいました。

彼の数々のアドバイスは、3回のセッションで段階的にハイリーズに投入され、スティックの設計に対するアドバイス。専用ペダルに対するアドバイス。シンバルの収音法に対する感想。その他細部にわたり、彼の表情から私が感じ取ったインスピレイションは多くございます。

彼のハイリーズに与えた恩恵は、とても大きいのです。

にも関わらず、最後までステージでハイリーズドラムを使用して頂けなかった事は、誠に残念でなりません。

もうこの世に別れを告げてしまった彼が、ハイリーズドラムをステージで叩く事が無くなった事は、とても悲しい現実です。

心から、彼の御冥福をお祈り申し上げます。

青山純様。ハイリーズを応援して下さり、誠にありがとうございました。

安らかにお眠り下さい。

2013年12月5日。ともだしんご、記す。

生前、彼がハイリーズを応援してくれていた映像を写実的に抜粋しました。

青山純氏と最初に出会った場所にて、2014年1月4日に『ハイリーズ・音始めの儀』を執り行いました。


青山純氏のセッション集大成ページ

日本屈指の名ドラマー その伝説のプレイは数知れず!

最後のセッション後、アドバイスを活かして、Highleadsは更に進化しました。

最新の講演にて、その進化を是非ともご覧下さいませ。

ハイリーズで変わる音楽の可能性

以下に、ハイリーズを発表当時から育てて下さった

名ドラマー青山純氏との記録を集大成させて頂きます。


2009年11月30日。セッション第3弾が実現した時の映像です。


先ずはBRPを試奏されて、いろいろ進化具合を紹介して下さいました。


次にローディ兼撮影を手伝って下さっていたトッティ氏に試奏をするように指示されました。

叩く人が変わると、同じセットの音が変わる。ハイリーズならではの感覚を実感できます!


青山純氏と合奏させて頂けるチャンスを逃すはずがありません!

当然、乱入をお願いします!

ともだがBRPを叩いて、青山氏はVMXに

リズムトラベラーのバスドラムというセットでツインドラムとなりました。


最後にありがたいメッセージを頂き、感激致しました!


2008年3月。セッション第2弾が実現した時の映像です。


伝統的な奏法を試奏して下さった青山純氏

この頃は、やっと自家製造を始めた時期で、更に音が開発途上ですが、青山氏はいろんな奏法で

ハイリーズならでしかできない演奏を実際にプレイして、披露して下さいました。

そしてハイリーズの可能性を大きく後押しして下さり、勇気づけて下さいました。


2005年10月。セッション第1弾が実現した時の映像です。


発明開発サンプルを仕上げ、インターネットに公開した直後、真っ先に試奏を申し出たのが青山純氏でした。

彼が始めて叩く瞬間をビデオに収めて公開する事を御承認頂き、第一弾セッションは実現しました。

故に、この映像は一切演出無しの本音そのものです。MIDIドラムとソナードラムを使いこなす名手が

始めて未知なる発明品に出会い、困惑する流れを、逐一録画させて頂きました。

そしてこの言葉を頂きました。


青山純氏の与えて下さった多くのアドバイスと、彼の表情から読み取れる改善の余地は、

ハイリーズの進化に多くの貢献が為されました。しかしながら残念な事に、彼のプレイは

進化途上の開発サンプル、旧バージョン製品ばかりです。彼の試奏の結果、

改善され進化された現行バージョンは、素晴らしい音色に進化しております。


青山純様!ここまでの数々のアドバイスに深く感謝申し上げます!

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